2015年 04月 09日

 天皇陛下、ペリリュー島へ御行幸あそばされる

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本日、
 天皇陛下はパラオペリリュー島を御行幸あそばされます。
御年81歳の 天皇陛下にとって、日本から遠く離れたペリリュー島の英霊を慰霊されることは身体的にも非常に大変な事であると拝察いたしま
す。
戦後70年経った今も、御自ら戦地にお立ちになられ、慰霊をされる大御心は国民としてただただ忝く、皇軍の英霊にとってもこの上ない幸せだと思います。

本日も、ペリリュー島守備隊長の中川州男大佐の墓前にて、ペリリュー島御行幸における道中の安全を祈願いたしました。

そして、英霊が守りたかった日本にいま生きるものとして、これからも日本を守る気持ちを忘れないよう心に誓いました。

最後に、
ペリリュー島守備隊の全滅を知らせる最後の電文は、
「サクラ、サクラ」でした。
先日は墓前に一枝の桜を、
本日は白菊をお供えいたしました。
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# by gendousha | 2015-04-09 14:10 | 日本主義
2014年 11月 24日

中川州男大佐慰霊祭

昨年、11月24日
中川州男大佐没後70年の慰霊祭を
謹んで執り行いました。
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本年も、
御命日には墓前にて慰霊祭を行い、
中川州男大佐の鬼のような武勇と、
仏のような慈愛の精神を後世に伝えていきたいと思います。
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# by gendousha | 2014-11-24 14:14 | 自衛隊 国防
2014年 05月 12日

日本のいちばん長い日

姿勢を正して「日本のいちばん長い日」を観た。
昭和42年公開のモノクロ作品で、終戦の日の混乱を描いた名作!!

昭和天皇の御聖断がなければ日本は混乱を極め、日本有史初となる敗戦という事態を収拾し得なかったことは言うまでもない。
そして、昭和天皇の大御心を徹底させるため「一死を以て大罪を謝し奉る」と短い遺書を残し、腹を切って陸軍の反乱を抑えた阿南惟幾大将は光輝ある帝国陸軍の最後を見事に締めくくった。
...
阿南大将はもとより日本軍随一の人格者として名が高かったが、今日もなおその名を遺しているのは、ひとり阿南大将の人徳がなせるものではなく、御聖徳を奉じて務めを果たし、その人格者としての生涯を完成させたからであった。
また、戦後の復興が成ったのも(謹んで終戦の詔書の最後の一文を抜粋いたします)
「汝臣民、其れ克く朕が意を体せよ」
の大御心を奉じて復興に励んだ戦後日本人がいたからに他ならない。

連合軍100万の大戦力を前にして混乱を極めた状況下であっても日本の中心は、天皇以外には存しない。言わんや、平時においてをや。

そのような事を考えさせられる映画でした。 もっと見る
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# by gendousha | 2014-05-12 19:18 | 日本主義
2014年 03月 30日

菊と刀

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トムクルーズ主演で大ヒットした映画「ラストサムライ」はご存知ですよね!!
この映画の原作は「菊と刀」という本で、著者は「ルーズベネディクト」という女性です。
昭和19年、彼女がコロンビア大学の助教授だった当時アメリカが対日戦争を遂行するにあたり、戦争に関連した研究や助言、とくに日本人の精神研究のために招集した社会人類学者の1人でした。

アメリカは日本人の精神的強さの根元を研究し、日本軍との戦いを有利に運び、また占領計画のマニュアル作りを行ったのです。その時の研究結果をまとめた本こそが「菊と刀」だったのです。

熊本で明治9年に近代兵器で武装した明治政府に対して、日本古来の武器のみで決起した神風連の事も書かれており、これこそまさに「ラストサムライ」のモデルとなりました。
ここについて書き始めると長くなるので省略して、「菊と刀」から一部抜粋します。



我々は、皇居の爆撃を行うべきであろうか。
日本人捕虜から何を期待する事が出来るであろうか。
日本の軍隊ならびに日本本土に対する宣伝においてどんなことを言えば、アメリカ人の生命を救い、最後の一人まで抗戦するという日本人の意志を弱めることが出来るであろうか。
我が軍(米軍)は日本の山中にあるあらゆる要塞で死に物狂いになって最後まで頑強に抵抗する日本人と戦う覚悟をせねばならないのだろうか。
それとも、日本国民は絶滅させなければならないのだろうか。

我々は、敵の行動に対処するために敵の行動を理解せねばならなかった。


日本人について書かれた記述には、世界のどの国民についてもかつて用いられたことのないほど奇怪至極な「しかしまた」の連発が見られる。まじめな観察者が日本人以外の他の国民について書くとき、そしてその国民が類例のないくらい礼儀正しい国民であるという時、「しかしまた彼らは不遜で尊大である」と付け加えることはめったにない。彼らの軍隊のロボットのような訓練ぶりを描写するとき、それに続けてその軍隊の兵士たちがなかなか命令に服さず、公然と反抗する場合さえあることを述べるようなことはない。
美を愛好し、俳優や芸術家を尊敬し、菊作りに秘術を尽くす国民に関する本を書くとき、同じ国民が刀を崇拝し武士に最高の栄誉を帰する事実を述べたもう一冊の本によってそれを補わなければならないという事は、普通はないことである。
ところがこれらすべての矛盾が、日本に関する書物の縦糸と横糸になるのである。それらはいずれも真実である。
刀も菊も共に一つの絵の部分である。
日本人は最高度に、喧嘩好きであると共におとなしく、軍国主義的であるとともに耽美的であり、不遜であると共に礼儀正しく、頑固であると共に順応性に富み、従順であると共にうるさく小突き回される事を憤り、忠実であると共に不忠実であり、勇敢であると共に臆病であり、保守的であると共に新しいものを喜んで迎え入れる。
日本を理解する事がアメリカにとって非常に重要になってきたとき、これらの矛盾や、なおこの他の同様に甚だしい多くの矛盾を見てみないふりをするわけにはゆかなかった。重大局面がぞくぞくと、くびすを接して我々の前に立ち現れつつあった。



抜粋終わり。

アメリカは、日本人の物理的反抗だけでなく、これを支えていた日本精神を何より恐れていた事が垣間見られます。
そして、戦時中に書かれた「菊と刀」が示す数々の日本精神は、占領下に破壊され、現在も尚、日本精神の占領状態が継続している事を憂えずにはいられません。
「アイラブユー」的な表現の蔓延など、日本人の精神構造が単純化し、日本古来の歌に代表される情緒豊かな奥ゆかしい精神が忘却せられていることも日本精神の破壊された結果であります。

日本人が例えどんな武器を持とうとも、物理的に欧米列強に勝ることは不可能かも知れません。
しかし、真に日本精神を発揮することができたなら、日本は再び世界に名だたる国として、世界から尊敬され平和の盟主としてその地位を確立すると信じております。
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# by gendousha | 2014-03-30 07:01
2014年 03月 11日

改めて、平成の玉音放送を拝します。

東日本大震災から三年の月日が流れました。
亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、被災者の方が日も早く元の生活を取り戻すことができますやう願ひます。

思ひ返せば、あの日、全国民が「私も被災地のために何かしなくては!!」という気持ちに駆られてゐました。しかし、時間の経過とともにその気持ちは薄らぎ、緊張感もなくなりつゝあると思ひます。私自身も同じです。

政治は「被災地復興」とは名ばかりとなり、また以前と変はらぬ党利党略にのみ捧げられた政治へと戻つてしまひ残念でなりません。
政治家の緊張感失はれたからこそ、それが国民にも波及し気の弛みが生じてゐるのでせう。
現在もボランティアなどに従事されてゐる方には頭が下がります。

こゝに、畏れ多くも震災直後に 天皇陛下が渙発せられました詔(お言葉)を掲載させていただきます。
 天皇陛下の大御心が溢れるお言葉に心が引き締まります。
自戒のため、今一度謹んで拝読致します。

とくに最後の一文は復興の日まで、全国民が肝に銘じておかねばなりません。
(詔の一部を抜粋することは不適切ですので、最後まで読んで下さい)


《平成の玉音放送》
この度の東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9・0という例を見ない規模の巨大地震であり、被災地の悲惨な状況に深く心を痛めています。地震や津波による死者の数は日を追って増加し、犠牲者が何人になるのかも分かりません。一人でも多くの人の無事が確認されることを願っています。また、現在、原子力発電所の状況 が予断を許さぬものであることを深く案じ、関係者の尽力により事態の更なる悪化が回避されることを切に願っています。

現在、国を挙げての救援活動が進められていますが、厳しい寒さの中で、多くの人々が、食糧、飲料水、燃料などの不足により、極めて苦しい避難生活を余儀なくされています。その速やかな救済のために全力を挙げることにより、被災者の状況が少しでも好転し、人々の復興への希望につながっていくことを心から願わずにはいられません。そして、何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを 励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。
自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々、諸外国から救援のために来日した人々、国内のさまざまな救援組織に属する人々が、余震の続く危険な状況の中で、日夜救援活動を進めている努力に感謝し、その労を深くねぎらいたく思います。

今回、世界各国の元首から相次いでお見舞いの電報が届き、その多くに各国国民の気持ちが被災者とともにあるとの言葉が添えられていました。これを被災地の人々にお伝えします。

海外においては、この深い悲しみの中で、日本人が、取り乱すことなく助け合い、秩序ある対応を示していることに触れた論調も多いと聞いています。これからも皆が相携え、いたわり合って、この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています。

被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆が、さまざまな形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。被災した人々が決して希望を捨てることなく、身体(からだ)を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう、また、国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者とともにそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。
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# by gendousha | 2014-03-11 21:35
2014年 03月 02日

第五回熊本有志の集ひ

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22日は第五回「熊本有志の集ひ」でした。

天皇陛下の大御心を拝察し奉り、その大御心の実現に励むのが臣下たる政治家の使命であり、よつて政治は奉仕の精神で行はれなければならない。といふ私の政治信条を申し述べさせて頂きました。

そのほかにも日本とは何たるかを歴史に基づいて話しましたが、皆様の前で持論を披露するせつかくの機会だつたのにも拘はらずらず、慣れない講演だつたのでちやんと思ひが伝つたか分かりません…。
短い話の組み合はせで事足りる街頭演説と違ひ、かういふ場にも慣れないといけません。

講演は反省しなくてはなりませんが、懇親会はいつもと変わらず、若い方から、経験豊富な先輩方まで立場と年齢を越へて交流できました。これからも、「肩書き」とか「立場」とかそんなのよりも「志」で付き合へる仲間を繋ぐ場所をつくつてゆきたいと思ひます。

次回は4月に、神奈川県から社団法人大日本文庫の河原博史理事長を講師としてお招きし「徳富蘇峰先生と近代日本」と題した講演を行う予定です!!
皆様のご参加お待ちしてをります。
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# by gendousha | 2014-03-02 17:17
2014年 02月 09日

第五回、高千穂峰登拝。

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奉祝!!紀元節、高千穂峰登拝。

五年前から実施してゐる、高千穂峰登拝を実施しました。
今年は紀元節当日に実施することは出来ませんでしたが、例年通り極寒零下の霊峰を一歩一歩踏みしめ登頂し、天孫降臨の舞台である高千穂峰天の逆鉾に参拝申し上げ、身を以て肇国の理想を仰ぎました。

また昨日は、藪をかき分け、川を越へ、岩を越へ、道無き山を往復七時間かけて踏破し大浪池の絶景を楽しみました。

いかなる大河と言へども、源流に遡れば岩を滴る石清水に発します。
石清水が大河となり益々勢いを増すやうに、日本の歴史もまた高千穂峰から発し、遥かなる時を経て大河となり益々に栄へてゐるのだなぁ。と感じる二日間でした。
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# by gendousha | 2014-02-09 18:52
2014年 02月 01日

歴史は過去のものではない。

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今日は、早朝5時出勤で宮崎市へ!!

宮崎空港の近くで、道を間違つたらそこに爆撃機を敵の攻撃から防御するための「掩体壕(えんたいごう)」を発見!!
宮崎空港の敷地内に戦闘機用の掩体が複数現存しているのは知つてゐましたが、住宅地の中にそれも手で触れる場所にあるのは知りませんでした。

現在は、建設会社の車庫と倉庫になつてゐるやうです。
写真の掩体は戦闘機用ではなく、大型機も入る爆撃機用です。
隣接して三基の掩体が遺されていました。
日本が誇る高い技術力で作り上げ、その輝かしい武威を世界に示した皇軍の爆撃機が此処に羽を休めてゐたと思ふと、胸が高ぶります!!


歴史は過去のものぢやない!と思つて学ぶととても好奇心がわいてくるものです。
そして、人間は歴史に学び、歴史から魂を鼓舞され、また新たな歴史をつくつてゆくのだと思ひます。

祖国の歴史観を失つた民族が滅ぶのは、当然の事でせう。
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# by gendousha | 2014-02-01 20:33
2014年 01月 26日

特別殉国者の鎮魂碑

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昨日は、「特別殉国者の鎮魂碑」を熊本の有志と共に清掃しました。

いわゆる戦犯として処刑された方は熊本出身者だけでも四七名。

法的には戦犯の汚名は返上されましたが、まだまだ一般的には「戦犯」の汚名が残っています。特別殉国者の遺族にとっても苦しい時代が続いています。

このような戦後史観、戦勝国史観は早急に終わらせなくてはなりません。
鎮魂碑の清掃活動が、汚名を洗い流す一助になれば幸いです。



検索ワード
(立田山、小峯墓地、A級戦犯、慰霊碑、武藤章)
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# by gendousha | 2014-01-26 07:59
2014年 01月 17日

小野田寛郎少尉

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私が最も尊敬し、憧れた軍人。
小野田寛郎 陸軍少尉が昨日逝去された。


少尉は、大東亜戦争末期、情報将校(スパイ)としてゲリラ戦を指揮するためにフィリピンルバング島に派遣された。
師団長からは「玉砕は一切まかりならぬ。三年でも、五年でも頑張れ。必ず迎えに行く。それまで兵隊が一人でも残っている間はヤシの実をかじってでも、その兵隊を使って頑張ってくれ。重ねて言うが玉砕は絶対に許さん。わかったな。」
と励まされ、その命令通り次々に仲間を失っても戦い続け、最後の一人になっても戦い続けた。
終戦から30年後に元上官が少尉と直接会い、任務解除の命令書を読み上げて、少尉の任務は終了した。


少尉がここまで強い意志で闘えた理由の一つは、陸軍中野学校(スパイ養成学校)で教わった神皇正統記の冒頭に書かれている「大日本は神国なり」の一文が精神的支柱になっていたからだそうだ。
このような精神は、少尉に限らず当時の日本人の強さの根元であったと思う。


少尉について書こうとすると、たくさんありすぎて書ききれない。

四年前、熊本で小野田少尉の講演会を開催したいと思い、話をするために上京した。生憎その日は所用で少尉とはお会いできず、奥様の町枝さんとお話をした。残念ながらご夫婦共にご高齢なので付き添いの方の交通費などが必要となり、予算が足りず講演会も開催できなかった…。
後悔しても、もう遅い。

古今東西、世界戦史の中で、小野田寛郎少尉ほど長期に亘って任務遂行に努力し続けた軍人はいない。
日本のみならず、世界中の軍人の鑑である。


ちなみに、小野田少尉は一度は戦死と判断され靖國神社に祀られた方だ。
今度こそ、先に逝かれた戦友達とお会いできている事と思います。
ご冥福をお祈りします。
お疲れさまでした。
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# by gendousha | 2014-01-17 18:22