もっこすのための熊本愛郷新聞

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2011年 08月 27日

中川州男大佐の墓

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最近、熊本の偉人に興味を持つやうになり、熊本県玉名郡出身の中川州男大佐を調べてゐた。

中川大佐はパラオのペリリユー島地区隊長として圧倒的物量で侵攻してくる米軍を迎へ撃ち、米軍史上最大の損害比率(40%)を与へた軍人である。
この時、一般人を犠牲にしてはならないといふ配慮から米軍上陸前に島民や在留邦人を輸送船で強制疎開させたので、激戦だつたにも関はらず一般人の死傷者は一人も出なかつた。


サイパン、グアムの守備隊は水際戦に重点を置いていたが、中川大佐の行つた持久戦に重点を置く戦法は後の硫黄島の戦ひにも用いられ米軍の侵攻を長期間阻み続けた。


そんな中川大佐が熊本ではまるつきり知られてゐない…

私は少しでも多くの事を知りたいと思ひ、書籍に書ひてあつた大佐の墓の場所を昨日探しに行つた。だが、昨日は見つけ出す事が出来なかつたため今日は友人と二人で探しに行つた。

そして、遂に中川大佐の墓を見つけることができた。

ひつそりと佇む墓は無骨な大佐を表すやうな雰囲気であつた。


今後、中川家の御親族とお会いできる機会があれば案内板の設置などの顕彰活動をする了解を得たいと思つてゐる。
中川大佐が郷土の偉人であることはもちろんだが、大佐の人生は貴重な精神遺産でもあり、我々は必ず後世に語り継いでいかねばならないと思ふ。
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by gendousha | 2011-08-27 22:55


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