2014年 01月 17日

小野田寛郎少尉

b0212067_18225875.jpg

私が最も尊敬し、憧れた軍人。
小野田寛郎 陸軍少尉が昨日逝去された。


少尉は、大東亜戦争末期、情報将校(スパイ)としてゲリラ戦を指揮するためにフィリピンルバング島に派遣された。
師団長からは「玉砕は一切まかりならぬ。三年でも、五年でも頑張れ。必ず迎えに行く。それまで兵隊が一人でも残っている間はヤシの実をかじってでも、その兵隊を使って頑張ってくれ。重ねて言うが玉砕は絶対に許さん。わかったな。」
と励まされ、その命令通り次々に仲間を失っても戦い続け、最後の一人になっても戦い続けた。
終戦から30年後に元上官が少尉と直接会い、任務解除の命令書を読み上げて、少尉の任務は終了した。


少尉がここまで強い意志で闘えた理由の一つは、陸軍中野学校(スパイ養成学校)で教わった神皇正統記の冒頭に書かれている「大日本は神国なり」の一文が精神的支柱になっていたからだそうだ。
このような精神は、少尉に限らず当時の日本人の強さの根元であったと思う。


少尉について書こうとすると、たくさんありすぎて書ききれない。

四年前、熊本で小野田少尉の講演会を開催したいと思い、話をするために上京した。生憎その日は所用で少尉とはお会いできず、奥様の町枝さんとお話をした。残念ながらご夫婦共にご高齢なので付き添いの方の交通費などが必要となり、予算が足りず講演会も開催できなかった…。
後悔しても、もう遅い。

古今東西、世界戦史の中で、小野田寛郎少尉ほど長期に亘って任務遂行に努力し続けた軍人はいない。
日本のみならず、世界中の軍人の鑑である。


ちなみに、小野田少尉は一度は戦死と判断され靖國神社に祀られた方だ。
今度こそ、先に逝かれた戦友達とお会いできている事と思います。
ご冥福をお祈りします。
お疲れさまでした。
[PR]

by gendousha | 2014-01-17 18:22


<< 特別殉国者の鎮魂碑      左翼に牛耳られた成人式。 >>