もっこすのための熊本愛郷新聞

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2013年 03月 28日

貧乏

二年前、電気が何度も止められたりするほど貧乏でした。
買ひ物さえ出来ないことも多かつたのですが、お米だけはありましたし、近所の奥さんからおすそ分けを頂いたりしてゐたので飢へることはありませんでした。

飢へる事さえなければ貧乏でも楽しめるといふことを学んだ約一年間でした。


こういふ経験からも、農業だけは安全保障の側面からも守るだけでなく、発展させなければならないと思ひます。
また、私は山登りなどアウトドアな趣味がありますが、いざといふ時、お金は役にたちません。食糧は何事にも変えることができない価値があります。

飽食の時代は本当に大切な物は何かを考へる機会の少ない、精神的には飢へた時代といふことなのかもしれません。
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by gendousha | 2013-03-28 21:26 | わたくしごと
2013年 03月 26日

「お手」につひて。

犬に「お手」をさせる理由を知つてゐますか?

「お手」といふのは、御主人様に自分の足を差し出すことで服従の意思を示すことです。
ですので、「お手」をさせることで犬は主従関係を理解し、従順になつてゆきます。

実は、この「お手」の習性は犬の祖先にあたるオオカミに残されてをり、オオカミは上位のオオカミに対して自分の足の裏を見せることで服従の意思を示します。

厳しい自然界に生きるオオカミは、足を怪我したら生き残っていくことはできません。その最も大切な足を上位のオオカミに差し出し、委ねることで、主従関係を明らかにしてゐるのです。



この話をテレビで見たとき、日本の政治家の事が頭に浮かびました。
先祖が命がけで守り抜いてきた領土を外国の圧力に屈して手放すだけでなく、日本と全国民の命を預かる国防までアメリカに委ねる姿はまさに御主人様に「お手」をするポチではないかと…。


では、なぜ日本の政治家はここまでヘタレなのでせう…。
理由は簡単です。日本人として守るべきものが解つてゐないのです。

否、守るべきものが解つてゐても、それよりも自分の生活を優先してゐるのかもしれません。

守るべきものが明確にある者は強し!

例へは悪いかも知れませんが、ヤクザがなぜ怖いかといふと、「組の看板に傷つける奴は絶対に許さん!組の看板の為なら戦争するぞ!」といふ一般人とはレベルの違うプライドがあるからではないでせうか。
私みたいな一般人にとつては触らぬ神に祟り無しで、近寄りたくもありません。(笑)

同じようにやうに、国の為なら全てを捧げるべき政治家のほとんどが国を守るプライドが無く、頭の中には自分の生活と、次の選挙の事しかないのです。
典型的な例として、自民党には240人もの議員がTPP反対を訴へて当選しましたが最もTPP反対を訴へるべき今は沈黙してゐます。結局は選挙対策のためのパフォーマンスなのです。こんな事では政治家としてはヘタレです。。


だから、
外国との交渉しても負けつぱなし。
領土は取られつぱなし。
国民が過労死してまで働いて納めた税金も外国に取られつぱなし。
自衛隊も敵から撃たれつぱなし。

やられつぱなしなのです。


私は、いつかは郷土愛の極道になりたいと思つてゐます。
郷土熊本を守る為なら命でも何でも懸けるといふ郷土愛の道を極めたいのです。
先祖からの預かり物である熊本を汚くして子供達に預けることはできません。
それでは、先祖にも子供達にも申し訳が立ちません。

来たときよりも美しく、熊本を未来に継承してゆきます!

私の過去を見て頂けたらわかると思ひますが、私利私欲に溺れる政治家や、郷土愛を忘れた政治家に対して「お手」をすることはありません。
相手が誰であらうと、牙をむくオオカミであり続けます。

自分の生活が第一、のヘタレ議員を政界から追い出すためにも、数年以内に市議会に合法的に殴り込むことも考へてをりますので、その時はご支援のほどよろしくお願ひ致します。
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by gendousha | 2013-03-26 14:28 | 政治
2013年 03月 25日

徹底討論!民族派団体論客vs幸福実現党党首

6月30日《民族派団体論客VS幸福実現党党首》

演題「徹底討論!皇室と政界再編について」

民族派団体側 河原博史(同血社会長)、木川智(大行社本部青年隊長)
幸福実現党側 矢内筆勝(幸福実現党党首)、及川幸久(党外務局長)
他出演者 早見慶子・源光士郎・黒岩安紀子
日にち:平成二十五年六月三十日(日曜日)
時間:十一時三十分より
場所:東郷神社境内 水交会館
参加費:三千五百円(含む資料代・弁当代・ お茶代)

主 催:大東亜青年塾
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by gendousha | 2013-03-25 19:25 | お知らせ・報告
2013年 03月 12日

戦陣訓の本当の意味

戦陣訓の「生きて虜囚の辱めを受けず…」この言葉は、戦後の日本人こそ銘記すべきです。

大義を掲げて戦つた日本人は戦争に負けても堂々とあるべきでした。
しかし、終戦後の日本人は罪を犯した囚人の如く戦勝国に媚び諂い、魂を売りました。
これを、虜囚の辱めと云はずしてなんと云ひませうか!!



日本人よ胸を張れ!堂々とあれ!
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by gendousha | 2013-03-12 20:06 | 日本主義
2013年 03月 07日

戦陣訓「生きて虜囚の辱めを受けず」について

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「生きて虜囚の辱めを受けず…」



陸軍大臣、東條英機が書いた「戦陣訓」の中の一文です。

沖縄戦で一般市民の集団自決が起きたのは日本軍の命令があつたからだ!!と主張する左翼側の証拠としてマスコミなどでもよく取り上げられたので、聞いたことがある方もゐると思ひます。

マスコミは、この「戦陣訓」によつて、日本軍兵士は捕虜になることが禁止され、自決しまくつて、さらに市民にまで自決を命令したかのやうに報道しますが、そんなことはあり得ません。

陸軍大臣の書いた戦陣訓といへども、たつた18頁しかない小さな「しおり」が軍の方針になり得る訳がないからです。
その証拠に、1頁目には「本書を戦陣道徳昂揚の資に供すべし」と書かれてゐます。

文中には、
「敵及び、住民を軽侮するを止めよ」
怒を抑へ、不満を制すべし。「怒は敵と思へ」と古人も教へたり。
国際の儀礼亦軽んずべからず。

などの道徳的なことが主に書いてあります。





戦陣訓
本訓
第八 「名を惜しむ」

恥を知るものは強し、常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励してその期待に答ふべし。生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すことなかれ。



これが「生きて虜囚の辱めを受けず」が書かれてゐる章の全文です。「生きて虜囚の辱めを受けず」の後に、「死して罪過の汚名を残すことなかれ。」と続きます。

この文は、こういふ解釈をすることができます。
「生き残つて捕虜になつたとしても、囚人のやうな恥づかしい振る舞ひをしてはいけない。死んだときにも、汚名が残る事がないやうに日頃から道徳に背く行ひをしてはいけない。」


「生きて虜囚の辱めを受けず」
たつたこれだけの文章ですが、読み方によつては全く違ふ受け止め方もできるといふ事を知つて欲しいと思ひます。


本当の日本を歴史を知る為には戦前、戦中の本も読むべきです。
戦勝国に占領された後に書かれた歴史書、教科書を読んで戦前、戦中の日本が分かるわけがないのですから…。
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by gendousha | 2013-03-07 16:41 | 自衛隊 国防
2013年 03月 04日

沖縄からの帰路にて

琉球に殉ぜし空の神兵と共に還らん肥後の空
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by gendousha | 2013-03-04 18:08 | 日本主義
2013年 03月 02日

沖縄旅行三日目

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昨日は沖縄の聖地である斎場御嶽や久高島、残波岬(米軍資料によると義烈空挺隊の最後の隊員が戦死した地)、義烈空挺隊玉砕の地(読谷飛行場跡)などを巡りました。



そして、今日は朝から首里城、一中健児の塔(鉄血勤皇隊)、一中学徒隊資料展示室、沖縄県護国神社、海軍司令部壕を巡りました。

温暖で、美しい自然に囲まれ、人ものんびりしたこの平和な沖縄に来て、島のすべてが戦場になつた跡を目の当たりにして、沖縄人が平和を叫ぶ理由が分かる気がしました。
しかし、だからこそ戦ひの最前線で戦ひ散つた方々を顕彰しなくてはならないと思ふのです。戦つたのは、軍人に止まらず、中学生や、ひめゆり部隊に代表される女子学徒隊などに至るまで、島民が一丸となつて戦つたのです。


よどみなく ふるいはげみし 健児らの 若き血潮ぞ 空を染めける

と、一中健児の塔に刻まれてゐました。

この沖縄県立第一中学の生徒、山内昌栄は出陣前、両親に最後の別れを告げるために一時帰宅しました。しかし、家族は米軍の攻撃を避けて疎開してをり、会ふことができませんでした。
そこで彼は、庭の桜の木に

「君が為何か惜しまん若桜散って甲斐ある命なりせば」

の辞世の句を刻んで戦場に戻りました(写真)。そして、そのまゝ家に帰ることはありませんでした。

この他にも遺書には「若桜散るべきときは今なるぞ」などの勇ましい言葉も多くある一方、「両親に会ひたい」といつたものも同じく多いさうです。

どちらも本音だと思ひます。
もしかすると、勇ましい言葉で、恐怖に怯へる自分の心を奮ひ立たせた事もあつたかも知れません。
どちらにせよ、少年達の生と死の葛藤には、現代を生きる我々には想像も出来ない苦悩があつたはずです。


鉄血勤皇隊は若い生徒は13歳から戦つてゐます。
写真を見ると、とても幼い顔をしてゐます。桜で言ふなら、まだゝゞ若桜にも早すぎる、まだ春の温かさも知らない蕾です。

そんな彼らの事を思へば思ふほど、うまく言葉になりません。
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by gendousha | 2013-03-02 22:02 | 自衛隊 国防