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もっこすのための熊本愛郷新聞

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2011年 08月 25日

「ペリリュー島洞窟戦」より

ペリリユー島に上陸してきた米軍を迎へ撃つ日本軍守備隊の戦ひを元兵士が著した「ペリリユー島洞窟戦」より抜粋する。


先祖伝来の日本刀を振りかざした高野少尉はあと二、三歩で敵の戦車に飛びかゝらうとした寸前、機関銃に狙はれた。全身数十発の機関銃の弾丸は少尉の腹部を引き裂き、内臓は半分はみ出してゐた。
しかし、少尉は刀を杖によろめきながら、かたわらに倒れた兵が持つてゐた地雷棒(棒の先端に爆薬を付けた対戦車自爆兵器)を拾つて再び立ち上がつた。
少尉の内臓が足元にぶら下がつた。
少尉は不意の出来事に中心を失つたのか、前のめりに倒れ、左手で地雷棒をしつかと握つたまゝ、わずかに頭をあげて敵戦車をにらんだ。
その時、戦車が味方の火炎瓶で黒煙をあげて燃えだした。
敵の搭乗員が火だるまになつて砲塔から転げ落ちてくる。この状況をみた少尉は、渾身の力を振り絞つて、この火だるまの敵兵に右手の刀を投げた。刀は見事に敵兵の胸部を貫いてをり敵兵は動かなくなつた。
これを見届けた少尉はつひに絶命した。

米軍は、このとき初めて、守備隊は水際戦も手ごわいが、これから本格的な日本陸軍のめくらめつぽうな強さに立ち向かわなければならぬことを知つて、容易に進まうとしなかつたのである。


以上「抜粋」



硫黄島の戦ひにもたくさんのエピソードがあるが、ペリリユー島の戦ひを知つて、島を敵から守ることはこんなにも大変な事なのだと改めて気づかされた。

私も含め、紳助のニュース如きに目を奪はれているようでは尖閣諸島は近々シナの手に落ちることになるかも知れない。

by gendousha | 2011-08-25 08:08


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